忽那汐里 ヒロイン 映画 ドラマ
失礼ながら、しばらく鳴りをひそめているだろうだけに、ついつい気になってしまう。
主役であれ脇役であれ、ヒロインとしての華があるだけに...。
これからに備えて、改めて振り返ってみたくなった。
忽那汐里。
1992(平成4)年12月22日生まれ、オーストラリアシドニーキラニーハイツ出身。
2006(平成18)年、シドニーから学校の冬休み(日本の夏休みにあたる)を利用して帰国したことから、始まったんだなあ。
本人としては、ただの想い出づくりのつもりだったのかもしれないけど...。
オスカープロモーション主催の第11回全日本国民的美少女コンテストに参加したところ、何と審査員特別賞を受賞することになって...。
間もなくオスカープロモーションへ所属、芸能活動を開始することに...。
女優デビューは、2007(平成19)年10月から半年間放送の、TBS学園ドラマ『3年B組金八先生(第8シリーズ)』。
演じたのは、帰国子女の3年B組女子生徒・金井亮子。 英語スピーチコンテストの優秀な候補生だったが、ふとした騒動で同じ3Bのクラスメートで黒人の父親と日本人の母親とのハーフの男子生徒の生い立ちと直向きに生きる姿に共感することになって...。
やがてスピーチを譲って心の支えになる役どころが、可憐で優しかった。
この当時はまだ、日本語の発音のおかしさを、スタッフから指摘されることがしばしばであったことから、かの坂本金八先生を演じる武田鉄矢からの個別の日本語指導を受けて少しずつ克服していったとか...。
俳優としての心構えを仕込まれたことといい、やはり『金八先生』も、新人俳優の登竜門の一つであったことを、改めて実感するまでに...。
この年の忽那汐里は15歳。
冬(オーストラリアの夏)を迎えてから、一人暮らしを気にかけた母親と弟の帰国により、東京での3人暮らしへ...。
以後は、数々のドラマと映画で、存在感のある脇役として磨きをかけ続ける日々...。
前後して、商品のイメージキャラクターとしては、2008(平成20)年、ユニチカ『ユニチカマスコットガール』と、江崎グリコ『Pocky(ポッキー)』の第50代ポッキープリンセスに抜擢することも...。
そして、ついにテレビにおける代表作へ...。
すなわち、2011(平成23)年10月からの日本テレビ水曜ドラマ『家政婦のミタ』への出演...。
真面目ゆえに複雑な家庭事情をいろいろと抱え込んでしまい、苦悩する 阿須田家の長女・結を熱演して...。
結果として、21世紀に入った当時の最終回最高視聴率40%超を記録。
以後は、その追い風に押されるかのように、多くの仕事が殺到するまでに...。
『ミタ』終了から、約1年9ヶ月後の2013(平成25)年9月下旬、映画における代表作へ...。
すなわち、あの1992(平成4)年公開のクリント・イーストウッド監督・主演による西部劇映画『許されざる者』のリメイクである日本の時代劇映画としての、渡辺謙主演・李相日監督のPG12指定映画『許されざる者』への出演...。
悲しいかな、元仙台藩士の北海道開拓民・堀田佐之助(小澤征悦)に斬りつけられて、心に大きな傷を負う遊女おなつを、はかなげに演じることになって...。
(個人的な感想に過ぎませんけど...)
テレビでは光、映画では影、といった印象かなあ。
日系オーストラリア人三世で日本語と英語のバイリンガルか...。
家族とは普段から日本語を話して生活していたため、日本で仕事をするまでは自分では完璧な日本語を話すことができると思っていたが、撮影現場では時折、日本語の発音のおかしさを指摘されてしまうことも、未だに若干あるらしいとか...。
また、大のカメラ好きで写真を撮ることを趣味としており、コンデジ、アナログ、一眼レフ含め10台のカメラを所有。 俳優の染谷将太とはカメラ仲間。
好きな音楽は、ロックとクラシック、ビートルズや椎名林檎、ゆらゆら帝国。 それ以外にも、久石譲や坂本龍一などを聴くとのこと。
オーストラリア出身という関係で、日本とオーストラリア両国の国籍を所有しているからには、遠い将来には、二国はもとより、ほかのアジアやアメリカやヨーロッパを渡り歩くことになるのかなあ。
素顔としても、女優としても、ますます磨きをかけて逞しくなった姿を魅せてくれることを、願わずにはいられないや。
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